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空海ゆかり福勝寺の護摩祈祷 〜1200年前へタイムトラベル〜

空海ゆかり福勝寺の護摩祈祷 〜1200年前へタイムトラベル〜

人を助けられる人間でありたいと願い、中国で仏教を学ぶ決意をした1200年前の青年僧、弘法大師空海の息吹を伝える山寺が、海南市にある。下津町橘本の岩屋山金剛寿院福勝寺は804年、空海が37日間滞在し、記憶力を増大させる修行をしたと伝えられている。遣唐使船に乗り留学する以前のことで、空海は当時、30歳。

2013年からこの寺の住職を務めるのは浦弘晴さん(47)。僧侶の大切な修行のひとつである護摩祈祷を、毎月28日、13時から行っている。お経を唱え、和ろうそくの原料である貴重なハゼの木切れを燃やし、人間の多様な煩悩を救う仏様たちを招いて願いごとを届けるのだ。浦住職によると祈祷は、仏様を接待し、お帰りを見送るまで2時間ほどかかる正式な儀式で、「仏様と僧侶が対話する場」と言う。

「どなたでも参加できます。国籍、宗派など、何ごとも問われることはありません」

「護摩」はサンスクリット語の「ホーマ」を音訳したもので、「物を焼く」という意味。真言宗と天台宗の寺で行われ、僧侶が、人々の願いごとを読み上げながら護摩木を燃やしていく例が多いとの事だが、福勝寺では、参加者自身が順番に火の前に進み、くべることができる。

「心の底から願うことを書いてください。叶わない願いはないのです」
と、浦住職は明るく語る。

護摩木を手に静寂な堂内に座り、ご本尊の千手千眼観世音菩薩を見つめていると、滝の音が聞こえてくる。寺の背後の美しい滝は、地形の特徴から、裏側にも回って眺めることができるため、福勝寺に厚い信仰を寄せた、紀州徳川家初代藩主、頼宣が「裏見(うらみ)の滝」と名付けた。

長雨の後で滝の水も豊かだった2020年8月28日、護摩祈祷を終えた浦住職は、堂内に安置されている不動明王について語ってくれた。青黒い体で火炎を背負い、恐い顔をしているのは、人々と同じように汗と脂にまみれ、熱い思いで周囲を見張り、必要があれば左手に握る縄で、しばりあげてでも救おうとしている姿で、武器は知恵だけなのだと。この日の参加者は新型コロナウイルス禍の1日も早い終息と、亡くなった世界中の人々の冥福を願い、祈りを捧げていた。