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「古都」「雪国」 川端康成

「古都」「雪国」 川端康成

もみじの古木の幹に、すみれの花がひらいたのを、千重子は見つけた。「ああ、今年も咲いた。」と、千重子は春のやさしさに出会った。            

 この書き出しは、もみじの太い幹にできた2つのくぼみ、そのそれぞれに咲いた可憐なすみれの花を、生き別れになっている双子の姉妹、千重子と苗子になぞらえていて、一緒に生きていくことはできない2人の運命の、伏線になっている。物語には、すみれの花を見つめるヒロイン、千重子の姿が何度となく描かれる。川端作品といえば、『雪国』の「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった」という美しい冒頭が印象的だが、『古都』もまた美しい。
 

千重子は廊下からながめたり、幹の根もとから見上げたりして、樹上のすみれの「生命」に打たれる時もあれば「孤独」がしみて来る時もある。

 人目を引くほど美しく成長した京呉服問屋の娘、千重子はある日、祇園祭で驚くほど自分によく似た少女に出会う。野良仕事をしているこの少女のモンペ姿と、千恵子の美しい着物の装いには、大きな隔たりがあるが、きれいな顔は、まさに瓜二つ。少女は、生き別れになっている苗子だった。杉を植林する職人だったという生みの親は、すでにこの世にはなく、養育してくれた親に心配をかけまいと、人目を忍んで会うようになった千重子と苗子。その心を通わせ合う交流や、千恵子に思いを寄せる青年が、千恵子と苗子を取り違えてしまう出来事などを背景に、2人の互いを思いやる心、克己心が香り立つようなふるまいが、流麗な文体で描かれてゆく。異なる環境で成長したが、両方に分け合うように備わった、杉の木のように真っ直ぐな人格が、まるで1本の帯の模様のように浮かび上がるのだ。

                    
「千重子さん、高雄のもみじの若葉、見においきいしまへんか。」と誘われた。  

会話文が多いので京ことばのテンポも存分に楽しめ、とても読みやすい。ストーリーよりも芸術性に重きを置いた純文学は、読みづらいと感じる人も多いが、内容のわかりやすい作品もあり『古都』もそのひとつだろう。小説の中で京都の年中行事が繰り広げられ、名所案内記も兼ねているようなところは、京都を知る人には、既知の風物に作中で出会う、という快感を味わせてくれる。京都への旅の予定があり、既存のガイドブックには飽き足りないという人にもお薦めしたい。1961年10月から1962年1月まで朝日新聞に連載された小説で、ノーベル文学賞の受賞対象にもなっており、国内よりも海外で評価が高いようだ。